DXもイノベーションも、情報システムなしに語ることはできません。そんな時代において「守るだけの情シス」では、競合優位を勝ち取ることはできません。攻めと守りをバランスよくこなす情シス部門であってほしいのですが、情シス部門には、外部から見えない課題が山積しており、なかなか期待通りにはなりません。
本記事では、そんな情シス部門が抱える課題を紹介します。
経営層が認識すべき情シス部門のリアルな課題 – 情シス担当者なら共感!あるある課題集
経営層から見て、情シス部門が「遠い存在」の企業が多くあります。それは、情シス部門の発信力の弱さや、経営層の関心の低さが原因かもしれませんが、情シス部門が内向きにならざるを得ない状況もあります。
ここからは、情シス部門で、日常的に、どんな課題が発生しているのかを「情シスあるある」の形式で紹介します。
あるある1:突然の「〇〇が動かない!」 – 問い合わせ対応に追われる毎日
週明けの朝、情シス部門の電話が、あちらこちらで鳴り響きます。
「パソコンが動かない」「メールが送れない」「資料のファイルがサーバーから取り出せない」とユーザーから、様々なトラブル連絡が一斉に来ました。
調査の結果、トラブル連絡の表現は様々であるものの、実体は、全て「パソコンが社内ネットワークにつながらない」という状況であることがわかりました。また、トラブルは、オフィスの一部で発生しており、問題の無い部門があることもわかりました。ここまでにかかった時間は2時間。その後の1時間で、週末に作業をしたLANスイッチの設定不良が原因であることがわかりました。 情シス部門自身のミスで、社内の業務を止めてしまい、そのリカバリにも、多くの時間を費やしました。
あるある2:「ちょっと聞きたいんだけど…」 – 口頭での依頼や相談が後を絶たない
「ちょっと聞きたいんだけど」と、経営企画部のAさんが、情シス部門のBさんのところに来ました。
A:経営ダッシュボードってわかる?あれを作りたいんだけど、できるかなあ。
B:できるかと聞かれれば「技術的には可能です」という答えになりますけど。
A:いくらくらいでできる?
B:要件を詳しく聞かないと、金額は出せませんね。
A:導入期間はどれくらいかなあ。
B:それも、もう少し要件を詰めないと・・・。(この後、約1時間、Bさんの説明は続きました)
30分後、今度は、取締役Ⅽさんがやってきました。経営層が情シス部門に来ることはめったにありません。
C:生成AIが流行ってるでしょ。うちも、やろうよ。
B:えっ?
C:生成AIだよ。知らないの?
B:いいえ、知っていますけど・・・。何に使うんでしょうか?
C:何に使うかは、各部の代表者で話し合えばいいと思うよ。ポイントはDXさ。(この後、ⅭさんはDXに対する思いをとうとうと語り続けました)
この日、Bさんに相談に来た人は5名。予定していた本来の業務は翌日まわしです。
あるある3:謎のエラーメッセージとの格闘 – 古いシステムが悲鳴を上げる
「『不正なデータのため受け付けられません』というエラーメッセージで、受注入力が進まないんです。製品の発送ができません」と業務部派遣スタッフのDさんが、情シス部門に駆け込んできました。
このエラーメッセージは、どんなケースにも対応できるように抽象的な表現になっており、本来ならば、システムを変更して、適切なエラーメッセージに変えるべきなのですが、変更のコストがばかになりません。
情シス部門のBさんはDさんと一緒に受注入力を行ってみましたが、やはり、エラーメッセージが出ます。
Bさんは、システムの保守業者にも連絡しましたが、電話では解決に至りません。
その時、Bさんは、過去のエラー記録票に重要な情報を見つけました。「受注番号はハイフンを除いて入力すること」。
あるある4:セキュリティ対策は「当たり前」 – その裏で冷や汗ものの攻防
情シス部門のAさんに、怪しげなメールが届きました。タイトルは「人事部おすすめ401K銘柄」で、内容は「貴社の人事部推薦の401K銘柄をお知らせします。社員番号とお名前、所属部署名、役職名、年齢を入力して、返信してください」というもの。
不審に思ったAさんは、人事部のEさんに、「こんなメール、知ってる?」と問い合わせました。
するとEさん、「人事部では出してないよ。僕にも来たから、入力して返信したけどね」。
Aさんは、上司と相談し、全社に、「不審なメールは開かずに情シス部門に連絡すること」と警告を出しました。ところが、「もう開いて、返信した」という社員が20名ほど。中には、経営層の人もいるようです。明らかに、個人情報の漏洩ですが、それ以上の被害があるかどうかは、まだわかりません。
ただ、社内では、「情シス部門が対策をしていないのが悪い」という意見が出ています。
あるある5:最新技術は「キャッチアップ中」 – 常に勉強が必要なプレッシャー
毎年、7月に、予算作成会議が始まります。情シス部門は、社内の10部門と個別に、次年度の要求確認を行い、それをベースに予算を組むようにしています。
そこで出てきたテーマは、「DXの実施」「受付のAIロボット化」「クラス3のRPA導入」「AR利用のWebマーケティング」などでした。DXの実施については「具体性が無く、予算が組めない」とコメントしましたが、その他の要望については、知識が足りず、具体的な金額を割り出すことができません。ITの変化の激しさは、情シス部門の現状とは、大きなギャップがあります。
あるある6:「また仕様が変わったの?」 – 現場部門との認識のズレや急な変更
「情シス部門って、ビジネスのことがわかってないよね」と営業事務部門のFさんから言われた情シス担当者のAさん。
Fさんは続けて言います。「この前の要件確認会議で言ったのに、どうして、機能追加と言う判断になるの?」
どうやら「言った、言わない」の議論が起きているようです。Fさんは「ひとつ言ったら、10までわかるのが、情シス部門の姿」だと言います。Aさんは、「全ての要求を明確にすることが要求部門の姿」だと考えています。このすれちがいは避けられないのでしょうか。AさんはFさんに言いました。「わかりました。開発ベンダーを含めて、要件確認会議をやり直しましょう」。
これらのリアルな課題が企業成長に与える影響
これらの「情シスあるある」にはどんな課題が潜んでいるのでしょうか。それは、ビジネスにどんな影響を及ぼしているのでしょうか。以下のような課題が見えてきます。
- システム運用に多くの時間がとられており、トラブルが発生すると、その解決に、ますます、時間がかかってしまう。また、利用部門が休んでいる時に行わなければならない業務も多い。
- 業務の中心がシステム運用で、新しい技術の習得にまで手が回らない。
- 情報システムに焦点をあてているため、ビジネスの要求を理解したり、先取りしたりすることに疎い。
- ビジネス全体の重要テーマであるはずの「セキュリティ」が、情シス部門だけのテーマになってしまっている。
そして、これらの課題は次のような悪影響をもたらします。
- 企業全体の生産性の低下
- セキュリティインシデントによる損失の発生
- DX、イノベーションを起こせないための競争力の低下、機会損失の発生
- 情シス部門担当者のモチベーション低下
経営層が情シスの課題克服に向けて取るべき行動
ここまでに紹介した課題やビジネスへの悪影響を、「情シス部門の自助努力」と片付けてしまってよいものでしょうか。「自助努力で解決するなら、とっくにやっている」と情シス部門の悲鳴が聞こえるようです。やはり、経営層の行動、つまり、経営資源「ヒト、モノ、カネ、情報」を、情シス部門に対して、適正に配分する必要があるのです。
情シス部門との積極的な対話と理解
経営層と経理部、経営層と人事部、経営層と営業部など、経営層と各部門の距離は近いものです。それは、それらの部門が管理する経営の3資源が重要だからですが、情報が第4の資源であるならば、それを守る情シス部門は資源の番人です。経営層は情シス部門との距離を縮めるために、定期的なミーティングや意見交換を行うべきです。
戦略的なIT投資と適切な予算配分
「情報システムは運用が7割」と言われます。7割が表すものは、必要な時間、コスト、労力です。そういう意味で、運用は疎かにできません。ただし、将来のためのIT投資予算を確保せずに、運用向けの予算だけでは、企業を成長させることはできません。
予算に関しては、経営レベルからの積極的な関与が必要です。
外部リソースの活用と協力体制の構築
情シス部門では、人員不足が顕著です。それによる「戦略的な業務ができない状況」を打破するため、外部の力を借りることも可能です。外部の専門家やベンダーからは、専門知識や新しい情報技術を得、アウトソーサーに運用を委託することによって、戦略的業務のための時間を作ることができます。
情シス部門の働きがい向上と評価
運用を主とした業務形態での時間的、精神的負荷は、情シス担当者のモチベーション低下にも繋がります。また、運用だけで日々の業務を終えた担当者は、それに満足して、向上心を失ってしまいます。
運用業務の大切さを認めるとともに、戦略的な業務を行うマインドや、スキルアップを含めた働きがいの醸成は、トップダウンで組み立てるべきテーマです。
最新技術への関心と情報共有
情シス部門のポジショニングは、企業経営における情報システムの位置付けに影響されます。
例えば、「情報システムは単なる業務のサポート」という業態では、それが、そのまま、情シス部門の位置付けになることがあります。そのような組織では、経営層が最新のITに関心を持ち、情シス部門を刺激することで、情シス部門の意識も高まります。
事例紹介 – 経営層の理解とサポートで課題を克服した企業の事例
ここでは、「情シスあるある」を経営層の理解と適切なサポートによって、課題の克服と企業成長を実現した例を紹介します。
成功事例1:食品製造業A社
A社は、創業30周年を迎える、中堅の食品製造業です。
課題
A社の基幹システムは、導入から時間が経っており、情シス部門の運用負荷も高く、機能不足もあり、入れ替えなければいけないという状況になっていました。
経営層の行動
経営層が、情シス部門代表者と関係部門代表者を集めて、定期的な検討会を行い、最終的にトップダウンで、クラウドベースのERPの導入を決定しました。なお、この意思決定では、BPRを優先して行うことも併せて指示されました。
効果
導入にかかった時間とコストに見合うだけの業務のスリム化、標準化が行われました。また、情シス部門の業務負荷が軽減できたことと、情シス部門に戦略業務を行う余裕ができたことで、ERPプロジェクト完了直後から、情シス部門がDX委員会をリードしています。
成功事例2:印刷業B社
B社は、多くの顧客と協力企業を持つ印刷会社です。
課題
企業全体でセキュリティの意識が高まらず、「情シス部門に任せておけばいい」という雰囲気が漂っていました。そのため、マルウェアが添付された電子メールを無造作に開くユーザーも多く、実質的な被害は出ていないものの、いつかは大きなインシデントになるという状況でした。
経営層の行動
情シス部門と相談し、「経営層がセキュリティ対策にコミットする」という宣言を出しました。また、それに続けて、情シス部門による全社員の定期的なセキュリティ教育が始まりました。
効果
不審なメールが届いた際には、情シス部門に連絡するという姿勢が定着するとともに、セキュリティ教育の評判も上々で、社内の意識にも変化が起きています。
成功事例3:不動産賃貸業C社
C社は、不動産賃貸業で、積極的に、システム化に取り組んでいます。
課題
「情シス部門はビジネスを知らない」「業務部門は情シス部門の苦労を知らない」という声が、経営層にも届いていました。これは、「情シス部門抜きのDX」として現れ、「会議の場での罵りあい」にまで発展することもありました。
経営層の行動
毎月行われる経営戦略会議に、情シス部門代表者を参加させるようにしました。そこでは、各部門の状況の発表と、質疑応答が行われますが、情シス部門についても同様に、プロジェクトの進捗やヘルプコールについての統計、セキュリティ状況などが報告されるようになりました。
効果
経営層、業務部門、情シス部門間の相互理解が深まり、協力体制が目に見えてよくなりました。また、隠れた効果として、情シス部門が発表のために準備する資料によって、情シス部門内での透明化も進みました。
まとめ
情シス部門の「あるある」と、その解決策/具体例を紹介しました。
業種や業態によって、解決策は様々かもしれませんが、経営層が、「情シスあるある」を知ることによって、「社内の相互理解」を深めることの価値は大きいものです。