その“社長の声”、本物ですか? 生成AIディープフェイク詐欺と企業が備えるべき対策

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生成AIの進化により、企業を取り巻くセキュリティ脅威は、従来のマルウェア中心の攻撃から、より巧妙で人間の知覚を直接欺く詐欺へと姿を変えつつあります。近年特に情シス担当者が注視すべきは、CEOや役員の声・映像を模倣して指示を装う「ディープフェイク詐欺」の急増です。
これはビジネスメール詐欺(BEC)の進化版ともいえる攻撃であり、技術の高度化によって被害リスクが企業規模を問わず拡大しています。
本記事では、最新のディープフェイク詐欺の手口を体系的に整理し、企業が備えるべき技術的対策と運用的対策を、情シス担当者がそのまま提案資料に活用できるように解説します。

目次
  1. 急増する「ディープフェイク詐欺」の脅威と企業リスクの現在地
    1. 生成AIが悪用されるメカニズムと「攻撃の民主化」
    2. 従来のフィッシング詐欺・なりすましとの決定的な違い
  2. 情シスが把握すべき具体的な攻撃シナリオと被害事例
    1. 「CEOの声」を悪用したボイスフィッシング(VISHING)
    2. WEB会議ツールにおける「リアルタイム・ディープフェイク」
    3. 金銭被害だけではない「社会的信用」の毀損リスク
  3. 【技術的対策】システムで防ぐ「なりすまし」排除のアプローチ
    1. 多要素認証(MFA)の高度化とFIDO認証の導入検討
    2. ゼロトラスト・アーキテクチャに基づくアクセス制御
    3. 電子署名とメール認証技術(DMARC)の徹底
  4. 【運用的対策】「プロセス」で騙されないための業務フロー構築
    1. 「非正規ルート」の送金指示を無効化する財務規定の策定
    2. 本人確認のための「コールバック」と「合言葉」の制度化
    3. Web会議における「本人確認」のニュースタンダード
  5. 組織の「人」を強化するセキュリティ教育と訓練
    1. ディープフェイク体験を含むセキュリティ研修の実施
    2. 心理的な隙を突く「ソーシャルエンジニアリング」への啓蒙
  6. 万が一のインシデント発生時に備える初動対応
    1. 被害発覚時の連絡体制と証拠保全フロー
    2. 警察・専門機関への相談と法的対応の準備
  7. まとめ

急増する「ディープフェイク詐欺」の脅威と企業リスクの現在地

ディープフェイク詐欺は、生成AIの普及とともに一気に現実的な脅威へと変わりました。この章では、情シス担当者が経営層に説明できるレベルで、技術的背景と心理的リスクの両面から現在地を整理します。特に、攻撃ツールの低価格化と巧妙化がどのように被害を拡大させているか、その核心を理解することが重要です。

生成AIが悪用されるメカニズムと「攻撃の民主化」

ディープフェイク詐欺が急増する背景には、AI生成技術の高度化と一般化があります。
近年の音声・映像生成モデルは、少量のサンプルデータがあれば特定人物の声質や話し方、表情の癖まで再現できるようになっています。以前は専門の研究者が扱う高度な領域でしたが、現在はクラウドサービスや一般向けアプリで利用可能になり、専門知識がなくても精巧な偽素材を作成できます。さらに、これらのツールは安価もしくは無料で提供されることが多く、攻撃側の参入障壁は劇的に下がりました。攻撃者が短時間で、巧妙な指示を偽造することが容易になった現状こそが、企業にとって最大のリスクといえます。

従来のフィッシング詐欺・なりすましとの決定的な違い

ディープフェイク詐欺の本質的な危険性は、既存のフィッシング詐欺とは異なり、人の知覚そのものを狙う点にあります。
テキストベースの詐欺は、送信元アドレスや文章の不自然さから「怪しい」と直感で気づける余地がありました。しかし、ディープフェイクは音声や映像を通じ、権威を持つ人物の声質・表情・口調をそのまま模倣します。視覚や聴覚に訴える情報は、私たちの判断に強い影響を与えるため、冷静な検証が難しくなります。つまり、従来のように「違和感を覚えたら疑う」という心理的防御が機能しません。攻撃者はこの特性を狙い、緊急性の高い状況を演出して判断を迫ることで、従業員を騙しやすくしています。

情シスが把握すべき具体的な攻撃シナリオと被害事例

ディープフェイク詐欺は「自分たちには起こらない」という油断を突く形で広がっています。この章では、現実に企業で発生しているディープフェイク詐欺の代表的なシナリオを整理し、テレワークの普及やオンラインコミュニケーションの増加といった環境変化が、どのように攻撃成功率を高めているのかを解説します。

「CEOの声」を悪用したボイスフィッシング(VISHING)

まず、実際に企業で発生した声の模倣を利用した攻撃手法に関して紹介します。
攻撃者はSNS・WEB会議の録画・講演動画などから収集したCEOの声を生成AIで学習させ、短時間で精巧なクローンボイスを作成します。その上で経理担当者に電話をかけ、「今すぐ対応してほしい案件がある」「極秘案件なので誰にも共有しないでほしい」といったもっともらしい理由を添えて送金を依頼します。海外企業では、この手口により多額の送金が行われ、後になって偽の音声だったことが判明する事例がすでに複数存在します。音声が本物に聞こえることで、担当者は通常の確認プロセスを飛ばしてしまい、結果として被害が拡大する点が深刻です。

WEB会議ツールにおける「リアルタイム・ディープフェイク」

次に、オンライン会議が日常業務となった現在ならではの攻撃手法について紹介します。
攻撃者は顔画像・動画を収集し、リアルタイムで動作するフェイクアバターを生成します。このアバターをZOOMやTEAMSに接続し、役員本人になりすまして会議に参加することが可能です。最新の技術では瞬きや口元の動きまで自然に再現されるため、違和感を認識しにくく、短時間の会話で信頼を得られてしまいます。攻撃者は会議中に「至急の処理をお願いしたい」、「この資料は機密なので外部共有しないように」と指示することで、従業員を操作し、送金や情報流出につなげます。WEB会議の“映像=本人”という前提が崩れていることを理解しておく必要があります。

金銭被害だけではない「社会的信用」の毀損リスク

最後に、金銭詐欺だけでなく、企業全体の信用に関わる深刻なリスクについて紹介します。
ディープフェイクは、偽の不祥事動画や役員の発言を捏造するためにも使われます。例えば、経営者が不適切発言をしているように見える偽動画がSNSで拡散されれば、株価の下落やブランドイメージの失墜につながります。事実確認前に情報が拡散される現代において、企業はデマ拡散そのものをサイバー攻撃の一種として扱うべき状況にあります。ディープフェイクは金銭だけでなく、企業の評判・投資家の信頼・顧客関係など、広い範囲に影響を及ぼす潜在リスクを持っているという点を、情シスは経営層に正しく伝える必要があります。

【技術的対策】システムで防ぐ「なりすまし」排除のアプローチ

ここからは、情シス部門が中心となって実装できる、技術的な防御策について解説していきます。ディープフェイク詐欺は人間の判断を欺くことを目的とするため、対抗するには人に依存しない仕組み化された認証と検証が必要です。認証の強化、アクセス制御の見直し、通信の正当性証明といった複数のレイヤーで対策を積み上げることが、組織の安全性を大きく高めます。

多要素認証(MFA)の高度化とFIDO認証の導入検討

従来のパスワードやSMSコードだけに依存した認証方式は、ディープフェイク詐欺と組み合わさることで突破される可能性が高まります。例えば、攻撃者がCEOになりすまし、担当者へ「SMSで届くコードを転送してほしい」と依頼するケースでは、本人の声が本物に聞こえるため疑いにくい状況が生まれます。この弱点を補うのが、生体認証やセキュリティキーを基盤としたFIDO認証です。秘密鍵はデバイスから外部に出ず、コード転送のような中間攻撃も成立しません。ディープフェイクが使われる時代だからこそ、「人間の判断に頼らない強制的な本人確認」が必要となり、FIDO認証の導入はその代表的なアプローチになります。

ゼロトラスト・アーキテクチャに基づくアクセス制御

「社内ネットワークからのアクセス=信頼できる」という前提は、すでに成り立たなくなっています。攻撃者が偽の指示を使って内部の従業員に操作させるケースでは、たとえ正規デバイスからのアクセスであっても結果的に情報漏えいが発生します。ゼロトラストは、すべてのアクセスを継続的に検証し、行動パターン・接続元デバイス・アクセス先の重要度に応じて認証を強化する考え方です。このモデルを適用することで、「偽の指示による不正操作」をシステム側が検知し、必要に応じて再認証を求めることが可能になります。ディープフェイクの本人らしさに騙されても、最終防衛線として機能する点が大きな利点です。

電子署名とメール認証技術(DMARC)の徹底

ディープフェイク詐欺は音声・映像だけでなく、メールを組み合わせた複合的な攻撃として行われるケースが多いことから、送信元の正当性を技術的に証明する仕組みが欠かせません。
S/MIMEによる電子署名は、送られてきた指示メールが改ざんされておらず、正規の送信者が発信したものであることを担保します。さらに、DMARC・SPF・DKIMといったメール認証の設定を適切に構成することで、攻撃者が偽アドレスを使って送信する行為を拒否できます。情シスとしては、これらの基本設定を確実に整備し、社内外のメールフローを証跡が追跡できる状態にしておくことが、ディープフェイクと組み合わされた詐欺を防ぐ重要な基盤となります。

【運用的対策】「プロセス」で騙されないための業務フロー構築

技術的対策がどれほど強固であっても、最終的に意思決定を行うのは人であり、ディープフェイク詐欺はその「人の判断」に揺さぶりをかける手口です。だからこそ、情シスは総務・経理・法務など各部門と連携し、詐欺に揺さぶられないプロセスとしての防御力を整える必要があります。この章では、特に送金指示や重要情報のやり取りに関わる業務フローの再設計を中心に、現実的かつ効果の高い運用対策を解説します。

「非正規ルート」の送金指示を無効化する財務規定の策定

攻撃者は緊急性や機密性を強調し、通常の承認フローを飛ばさせることで送金を実行させようとします。この手口に対して最も有効なのが、「正規ルート以外の送金依頼は一切受け付けない」という明文化された財務規定です。電話やチャットだけで送金を指示することを禁止し、例外も認めないルールを定めておくことで、担当者は声が本物らしいという印象に惑わされず、冷静にプロセスに従う判断ができます。情シスとしては、この規定をシステムと連動させ、正規ルート以外の依頼をワークフローで自動的に遮断する仕組みも同時に検討することが重要です。

本人確認のための「コールバック」と「合言葉」の制度化

不審な依頼があった場合、担当者が必ず登録済みの番号へ折り返し連絡する「コールバック方式」は、ディープフェイク詐欺に極めて有効です。攻撃者は偽の音声を使っても、正規番号での受電まではコントロールできないため、本人確認の決定的なポイントになります。さらに、社内限定で共有するオフラインの合言葉を併用すると、防御力は一段と高まります。合言葉は外部に漏れにくく、攻撃者が推測することも困難であるため、ディープフェイクによる声や映像を用いた偽装を無力化できます。情シスはこの運用フローをマニュアル化し、各部門に定着させる役割を担うべきです。

Web会議における「本人確認」のニュースタンダード

リアルタイム・ディープフェイクは、会議に映る顔や声が本人であるという前提を根本から崩します。そのため、会議冒頭に簡易的な本人確認を行うルールを設けることが有効です。具体的には、複数角度から見える身分証の提示、会議システムに登録された正式アカウントでの参加、特定の操作をリアルタイムで行ってもらう確認などが挙げられます。また、映像の乱れ方や瞬きの自然さなど、ディープフェイク特有の不自然さに気づく視点を組織全体で持つことも重要です。これらのチェックを会議プロセスに組み込むことで、ディープフェイクが入り込む余地を大幅に減らせます。

組織の「人」を強化するセキュリティ教育と訓練

ディープフェイク詐欺は、人が本来持つ「視覚・聴覚による直感的な信頼」を逆手に取る攻撃です。そのため、システムやルールの整備と同じくらい重要なのが、従業員のセキュリティ意識を底上げする取り組みです。この章では、従来のメール訓練だけでは不十分になった現在の状況に合わせ、ディープフェイク時代に求められる新しい教育アプローチを解説します。攻撃の巧妙さを“知識”ではなく“体験”として理解してもらうことが、組織全体の強さにつながります。

ディープフェイク体験を含むセキュリティ研修の実施

生成AIで作られたディープフェイク音声や動画は、実際に聞いてみることで初めて精巧さを実感できます。研修では、役員の声を模倣したサンプルや、不自然さがわずかに残るフェイク映像を提示し、「本物と区別できないとはどういうことか」を肌感覚で理解してもらうことが効果的です。こうした体験があると、従業員は業務で不審な指示を受けた際、直感に頼らず、冷静に検証フローへ切り替える意識が身につきます。情シスとしては、年次研修や新人教育にこの体験型セッションを組み込み、疑う目を育てていくことが求められます。

心理的な隙を突く「ソーシャルエンジニアリング」への啓蒙

攻撃者は技術的なフェイクだけでなく、「緊急性」「権威性」「秘密保持」といった心理的圧力を掛け、冷静な判断を奪おうとします。特に、偽の役員が「至急処理が必要だ」「この件は極秘だ」と伝えてくる場面では、従業員は判断を急かされ、通常の承認フローを省略してしまいがちです。教育では、このような心理操作の典型パターンを理解し、「どれほど急がされても、正規プロセスを絶対に外れない」という行動原則を徹底することが重要です。ディープフェイク対策は技術だけでは完結せず、こうした心理的防御を組織全体で高めることで初めて効果を発揮します。

万が一のインシデント発生時に備える初動対応

どれほど対策を講じても、ディープフェイク詐欺を完全にゼロにすることは困難です。そのため、情シスとしては「突破された後の被害最小化」を戦略の一部として組み込む必要があります。この章では、インシデントが発生した瞬間に企業として取るべき初動を体系化し、混乱を最小限に抑えるための手順を明確にしていきます。重要なのは、平時から“誰が・いつ・何をするか”を定義し、迷いなく動ける状態を整えておくことです。

被害発覚時の連絡体制と証拠保全フロー

詐欺の疑いが発生した際、最初に必要なのは迅速な社内共有です。担当者が直属の上司へ連絡し、その後CSIRTや情シス、経理、法務へと通知が伝播する明確なルートを定義しておくことで、判断の遅れによる二次被害を防げます。同時に、証拠保全も非常に重要です。攻撃者との通話記録、メールログ、Web会議の録画、端末の操作ログなどは、事後の調査や法的対応で不可欠な情報となります。ログの改ざんを防ぐため、保全手順はマニュアル化し、関係者が迷わず記録を残せる仕組みを整えておく必要があります。

警察・専門機関への相談と法的対応の準備

ディープフェイク詐欺は高度なサイバー犯罪であり、企業だけで完結できる問題ではありません。被害の兆候が見えた段階で、速やかに警察(サイバー犯罪対策課)や専門調査会社、弁護士へ相談できる体制を整えておくことが重要です。特に送金が絡む案件では、時間の経過とともに資金の追跡が困難になるため、早期連携が被害縮小の鍵となります。また、企業として被害を公表すべきか否かの判断基準も事前に定めておくと、混乱のなかで判断を誤るリスクを減らせます。法務部門・広報部門との連携を平時から密にしておくことで、フェイク情報拡散による信用毀損への備えも強化できます。

まとめ

ディープフェイク詐欺は、生成AIの高度化によって企業のあらゆる領域に影響を及ぼす脅威へと進化しています。本記事では、その具体的な攻撃手法から技術的対策、運用面の強化、従業員教育、そして万が一のインシデント発生時の初動対応までを体系的に紹介しました。重要なのは、技術とプロセス、人の意識という三つの柱を同時に高めることです。情シス担当者はこの三層構造を意識し、組織全体として騙されない仕組みを作り上げることで、ディープフェイク詐欺に強い企業基盤を築けます。