ゼロトラストの導入が進む一方で、「対策を整えたはずなのに、PCセキュリティの不安がなくならない」と感じている担当者は少なくありません。その違和感の正体は、ゼロトラストが守れる領域と守れない領域の境界にあります。本記事では、ゼロトラストの本質と限界を明らかにしたうえで、その弱点を補完する「ゼロリスク」という新しいセキュリティの考え方を解説します。2つの”ゼロ”を組み合わせることで、企業の情報資産をどう守り抜くのか──その具体的な方法をお伝えします。
まずは結論!
- ゼロトラストは「すべてを疑い、認証で守る」アプローチ。ネットワーク・クラウド・内部脅威への対策として極めて有効だが、PCが物理的に奪われる局面では死角が生まれる
- ゼロリスクは「万が一の際、データそのものを消し去る」アプローチ。リモートワイプ(リモワイ)によってPCを情報価値のない箱に変えることで、情報漏洩リスクを限りなくゼロに近づける
- 両者は対立概念ではなく補完関係にある。認証レイヤー(ゼロトラスト)と物理レイヤー(ゼロリスク)の二層構造を構築することが、セキュリティを強固にする鍵となる
- セキュリティを「仕組み」として整えることが、社員の心理的安全性と組織の生産性向上にもつながる
ゼロトラストを導入済みの企業にも、これから検討する企業にも共通するのは、「認証の壁を高くするだけでは、物理的な脅威に対するリスクは消えない」という事実です。ではなぜ消えないのか。その構造的な課題に向き合い、2つの”ゼロ”を掛け合わせた防御戦略の全体像を提示していきます。
課題解決のためのロードマップ
企業の情報資産を守り抜くために、以下の5つのステップで考え方を整理していきます。
- Step 1:ゼロトラストの本質と「守れない領域」を正しく理解する
- Step 2:PCの紛失・盗難時に認証の壁が無力化するメカニズムを把握する
- Step 3:データの存在自体を消す「ゼロリスク」という発想を取り入れる
- Step 4:2つの”ゼロ”を統合した防御戦略を設計する
- Step 5:セキュリティの仕組みが組織文化と働き方に与える好循環を知る
では、最初のステップから順に見ていきましょう。
ゼロトラストの本質と「物理レイヤー」で露呈する防御の限界
そもそもゼロトラストは何を守り、何を守れないのか
「Never Trust, Always Verify(何も信頼せず、常に検証する)」──ゼロトラストの基本原則は、従来の「社内ネットワークは安全」という前提を根本から覆しました。社内・社外を問わず、すべてのアクセスに対して認証と認可を繰り返すこの設計思想は、テレワークの普及やクラウドサービスの拡大に伴い、企業セキュリティの主流となりつつあります。
IIJが2024年に発表した国内企業調査では、約88%の企業がゼロトラスト対応を「必要」と認識していて、なかでも多要素認証(MFA)の導入率は約58%に達しています(出典:IIJ「国内企業のゼロトラストに関する実態調査」)。ゼロトラストは確実に企業セキュリティの基盤として浸透しているのです。
では、ゼロトラストが力を発揮する領域はどこか。不正アクセスの遮断、クラウド環境のアクセス制御、端末の健全性チェック、内部からのデータ持ち出し監視──こうした「論理的なアクセスレイヤー」においては、極めて有効に機能します。 しかし、ゼロトラストの設計思想は「認証と認可」を軸に据えています。端末がネットワークに接続され、正規のログインプロセスを経てアクセスが行われることを前提としている以上、PCそのものが物理的に奪われるという状況は、その設計思想の”外側”に位置しています。
導入が進む一方で残り続ける「物理的脅威」の死角
2024年、上場企業における個人情報漏えい・紛失事故は過去最多の189件を記録しました。特に「不正持ち出し・盗難」は件数こそ14件ですが、1件あたりの平均漏えい人数は22万4,782人と、すべての原因区分で最大の被害規模を示しています(出典:東京商工リサーチ 「 2024年、流出した個人情報は1,586万名 個人情報の流出・紛失事故は過去最多記録更新」)。
ゼロトラストの導入が広がるなかで、こうした物理的な紛失・盗難に起因する事故が依然として深刻な被害を出しているのは、認証レイヤーの外側にある脅威──すなわち「物理レイヤー」への備えが不足しているからにほかなりません。
ある通信系企業では、ゼロトラスト環境を全社に展開した翌年に営業
担当者のPC盗難事故が発生しました。EDR、MFA、ZTNAをすべて導入済みでしたが、端末はオフラインのまま発見されず、「暗号化されたデータが残った端末がどこかに存在する」という事実だけが残ったといいます。セキュリティ責任者は「認証で守る思想に投資を集中させた結果、端末を物理的に失った場合の出口戦略を用意していなかった」と振り返っています。
この例が示すのは、ゼロトラスト単体では物理的な脅威を封じ込められないという構造的な課題です。では、端末が手元を離れたとき、具体的に何が起こるのでしょうか。
PCの紛失・盗難で認証の壁が無力化するメカニズム
端末内に残るデータが”リスクの根源”になる理由
ゼロトラストは、すべてのアクセスを制御する仕組みです。しかし、制御の対象はあくまで「アクセスする行為」であり、「PC内部に保存されているデータの存在」そのものではありません。
PCが第三者の手に渡った瞬間、問題の本質が姿を現します。ストレージ内にデータが存在し続けている限り、いかに暗号化を施し、認証の壁を高く設定しても、「リスクの根源」は消えていないのです。壁を高くすることに意味はあります。しかし、壁の内側にデータという標的がある限り、攻撃者はそれを手にする方法を探し続けます。
さらに見逃せないのが、ストレージ(SSD/HDD)を物理的にPCから取り出し、別の端末に接続するという手法です。この場合、元のPCに設定されていた認証やOSの保護は迂回され、ゼロトラストが制御するログイン画面に到達することすらなく、直接データへのアクセスが試みられます。認証は「正規の入口」を守る仕組みであり、入口そのものが回避された場合には力を発揮できません。
総務省の「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」においても、テレワーク端末の紛失・盗難リスクへの対策は重点項目として取り上げられています(出典:総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」)。認証や暗号化だけに依存しない、紛失時の追加対策を備えておく必要性は、公的機関からも示されています。
端末を失った時点でゼロトラストの認証制御は機能範囲の外に出ます。この「認証の外側のリスク」に対して、どのような発想で臨むべきなのでしょうか。
端末のデータを消去してリスクを最小化する「ゼロリスク」という発想
ゼロトラストが「壁を築く」なら、ゼロリスクは「中身を空にする」
ゼロトラストが「信頼しない」ことを前提とした認証中心の防御であるのに対し、ゼロリスクは「万が一の際にリスクの対象そのものを消す」ことを目指す考え方です。両者の関係を整理します。

注目すべきは、この2つが対立関係ではなく、互いの弱点を補う補完関係にあるという点です。ゼロトラストの「認証レイヤー」がアクセスを制御し、ゼロリスクの「物理レイヤー」がデータの存在自体を消す。この二層構造を持つことで初めて、PC紛失というセキュリティの最悪のシナリオにも備えが可能になります。
壁を築いてアクセスを遮断する。それでも万が一、壁の向こうにデータが渡ってしまったら、中身そのものを消す。この二段構えの設計こそ、現代のPC紛失対策において最も合理的なアプローチです。
リモートワイプ(リモワイ)が“ゼロリスク対策”の核となる
ゼロリスクの思想を具体的なアクションに落とし込む手段が、リモートワイプ(遠隔データ消去)──略して「リモワイ」です。PCの紛失・盗難が発生した際、管理者が遠隔操作でPC内のデータを消去し、端末を情報価値のない「空の箱」に変える技術です。
近年のリモートワイプ技術は大きく進化しています。復元ツールを使用してもデータの復旧が困難な消去方式が広まっていることや、もしもPCがオフライン状態でも一定期間サーバーと通信が途絶えれば自律的にデータ消去を実行する「自動消去(オフライン消去)」、さらにはOSの起動前──BIOSレベルという深い階層で消去命令を開始してOSを含めてまるごとフルワイプする技術など、従来のデータ消去の弱点を克服するソリューションが登場しています。
リモワイの命令を受けたPCは、機密データの詰まった端末から単なる箱へと変わります。漏洩すべき情報が消滅すれば、そもそも情報漏洩という事象は原則として成立し得ません。これがゼロリスクの核心です。
では、ゼロトラストとゼロリスクを組み合わせた場合、実際にどのような効果が生まれるのでしょうか。
2つの”ゼロ”を掛け合わせた防御戦略が企業を守り抜く
認証レイヤー×物理レイヤーの二層構造で死角をなくす
ゼロトラストとゼロリスクは、それぞれ単独でも効果を発揮しますが、組み合わせることで防御の死角を大幅に縮小できます。
日常の業務環境においては、ゼロトラストの認証基盤──MFA(多要素認証)、ZTNA(ゼロトラストネットワークアクセス)、EDR(エンドポイント検知と対応)──が不正アクセスや内部脅威からデータを守ります。しかし、紛失や盗難によってPCが物理的に手元を離れた瞬間には、ゼロリスク対策のリモートワイプがデータそのものを消し去ります。
認証レイヤーと物理レイヤーの二層構造。これこそが、ゼロトラスト単体では防ぎきれなかった物理的脅威にも対処し得る、包括的なセキュリティといえます。既存のゼロトラスト環境を否定するのではなく、その上にゼロリスクの仕組みを「追加する」という考え方が重要です。
現場の声に見る2つの”ゼロ”がもたらした具体的な変化
ゼロトラスト環境にリモートワイプを追加導入した企業からは、実務面で明確な変化が報告されています。
あるサービス業の情報セキュリティ担当者によれば、導入前は紛失インシデントが発生するたびに「暗号化は施してあるが、データは残っている以上、リスクは排除できない」という判断にとどまっていたといいます。しかし、リモートワイプの運用を開始した後は、消去完了の確認をもって「データ消去済み。情報漏洩リスクは限りなくゼロ」と経営層に報告できるようになりました。これにより、社外への対応も迅速化し、結果としてインシデント対応にかかる工数と心理的負担が大幅に軽減されたとのことです。
こうした変化は技術面にとどまりません。紛失時の対応フローが「速やかに報告→リモワイ実行→リスクを限りなくゼロに低減」と明確になったことで、現場の社員が報告をためらう心理的障壁も下がったという声もあります。
セキュリティの仕組みが組織文化と働き方を変えていく
「罰則で縛る」セキュリティから「仕組みで守る」セキュリティへ
従来のPCセキュリティでは、紛失を「起こしてはならない過失」と位置づけ、厳格なルールや罰則で抑止する傾向がありました。しかし、厳しい罰則が設けられるほど、事故を起こした社員は叱責を恐れて報告を遅らせるという逆効果が生まれます。情報漏洩対策において最も致命的なのは、この「初動の遅れ」です。
ゼロリスクの仕組みを持つ組織では、紛失の報告は「罰を受ける行為」ではなく、「リスクを限りなくゼロに近づけるためのトリガー」として機能します。社員が紛失に気づいた瞬間にためらいなく報告し、即座にリモワイが実行される──この流れが当たり前になれば、初動対応は劇的に改善されます。 紛失事故を起こした従業員を責めるのではなく、「リスクを無効化する仕組み」を組織として備えること。これは単なるIT施策ではなく、セキュリティに対する組織の姿勢そのものの転換です。
「万が一の備え」がある組織は、より挑戦的な働き方ができる
テレワークやモバイルワークを推進する企業にとって、PC持ち出しに対するセキュリティの不安は、新しい働き方の推進を鈍らせる要因になりかねません。「PCを外に持ち出すこと自体がリスク」という意識のままでは、多様な場所での柔軟な業務遂行は実現しにくいでしょう。
しかし、2つの”ゼロ”で守られた環境であれば、外出先でも安心して業務に集中できるという確信が生まれます。万が一の際にはリスクそのものを限りなくゼロに近づけられる仕組みがある──その事実が、社員の積極的な働き方を後押しし、ひいては組織全体の生産性向上を支えます。セキュリティ対策が「制約」ではなく「推進力」に変わる。これこそ、現代の企業セキュリティがもたらすべき価値ではないでしょうか。
////~「リモワイできる!」安心を、日頃の備えと共に~////
リモワイ(リモートワイプ)は、データ消去によりPCの情報漏洩を防止する強力な対策です
日頃から大切なデータはバックアップしておき、万が一の紛失時に、ためらわず「リモワイ」を実行できる環境を整えておくことが大切です。
まとめ
ゼロトラストは、ネットワーク・クラウド・内部脅威への対策として欠かすことのできないセキュリティの基盤です。しかし、PCが物理的に奪われる紛失・盗難の局面では、認証中心の防御だけでは守りきれない領域が存在します。
その死角を補うのが、端末内のデータを消去することで、「ゼロリスク」を目指すという発想です。ゼロトラストの認証レイヤーとゼロリスクの物理レイヤーを組み合わせた二層構造が、企業の情報資産を守り抜くうえで最も堅実な戦略となるでしょう。
「壁を高くすること」と「中身を空にすること」。この2つの”ゼロ”が揃ったとき、企業のセキュリティは、不安を抱え続ける受動的な防御から、リスクを確実にコントロールする能動的な経営判断へと進化します。
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本記事は、企業の情報セキュリティ対策に関する一般的な情報提供を目的としています。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、技術の進化や法制度の変更により内容が変わる可能性があります。個別の導入判断や法務・技術要件については、セキュリティの専門家や各製品の提供元にご相談ください。
